アザミという名

 「ツバメやスズメは存在するけれど、ツルやカメはいない。」何のことかわかりますか? ツルもカメも総称なのです。実際に飛んだり這ったりしているのは、丹頂・ナベヅル・アネハヅルやイシガメ・クサガメ・タイマイ・ゾウガメ等々です。

 「アザミ」という名の植物はありません。筒状花ばかりで構成される集合花冠を持ち、花弁部と総苞で包まれた子房部とが明瞭に区別できる「アザミ型」の花を咲かせるキク科植物を、一般的には「アザミ」と呼び習わしています。したがって、どの植物を「アザミ」と見なすかは、必ずしも明確ではありません。


 「アザミ」の語源は「あざむ(欺く)」だという説があります。優しげな花に魅せられて近寄ると、刺(とげ)で刺すからだというのです。

 別の説では、刺が多いのを「あざむ」(蔑む:軽蔑する,価値を低く評価する,賎しむ)からだと言います。

 いずれにせよ、アザミにとって喜べる説ではありません。他にも諸説ありますが、無理なこじつけに類するものばかりです。
 その中にあって、傾聴に値する説が、花と樹の大事典【柏書房,木村陽二郎 監修,植物文化研究会 編】に紹介されています。

 『八重山語で刺をアザと呼ぶことから、刺の多い木の意のアザギがアザミに転訛した』というのです。「アザミは木ではなくて草だろう」という異論は、大型で頑強なタイプのアザミを知らない人の議論です。日本にも潅木並みに成長するアザミは少なくはありません。
 「八重山語」の様に辺縁地域の言葉は、特殊な方言だったのではなく、古い言葉があまり変化せずに生き残っている言語です。現在は八重山だけで「アザ」という言葉が使われていても、昔は標準的な日本語であった可能性は少なくありません。言葉が変化して、刺を「アザ」とは呼ばなくなっても、植物名としての「アザミ」はそのまま残るのはありそうなことです。何よりも、鋭い刺を持つというアザミの特徴が、素直にその名前になったというのは極めて自然なことで、むしろ、刺を表す言葉と無関係な名前が付く方が不自然です。


 一般的にアザミは、美しい花の部類には入れられないことが多いようです。しかし、アザミの中には、優雅で気品あふれる風情のものは珍しくありません。残念ながらそうでないのもあるのですが。

 ことわざに、

   薊の花も一盛り(ひとさかり)

というのがあります。 普段はがさつでとげとげしく、とても人に好かれる存在ではなかったものが、ハッとするほどの容姿に変る時がある。時期が過ぎて衰えてしまえば、元のみすぼらしい刺の塊りに戻ってしまう。 と言う意味です。

 「鬼も十八 番茶もでばな*」というのも同類で、不美人でも娘盛りの歳頃にだけは、それなりに色香を漂わせるようになるという意味です。
 同工異曲の言葉として以下のようなものがあります。女性にとっても、アザミにとっても、大いに侮辱的な格言と言わざるを得ません。

 「鬼百合(おにゆり)も いま十八が色盛り(いろざかり)」「鬼も十八 蛇(じゃ)も二十(はたち) 薊の花も一盛り」「鬼も十八 屁糞鬘(へくそかづら)も一盛り」「かぼちゃ女も一盛り」

*  蛇足ながら、この「十八」はいわゆる「数え年」ですから、現在の「満年齢」にひき直せば17〜16歳にあたります。「娘盛り」は十八歳と相場が決まっていました。「十八女」と書いて「さかり」と読ませる地名があるそうです(徳島県)。
 この「娘盛り」は性的な成熟期でもありますから、「さかりがつく」と言えば発情期(人間の場合には「春期発動」と言います)に入ったことを意味するようにもなりました。

 凛としたその風情共々、アザミがどんなに美しいかを、篤とご覧いただきましょう。


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